6.みんなの広場 〇俳句の投稿 塵《ごみ》の日を触《ふ》れて回るや寒烏《かんがらす》   萩野ケイ 弓《ゆみ》を射《い》るその瞬間《しゅんかん》に春立ちぬ   宇佐美咲子 現役で居たいと語る二日灸《ふつかぎゅう》   柿崎妙子 消さずとも消え行くものを春の雪   小笠原秋一《しゅういち》 不自由も旅の仲間や七日粥《なのかがゆ》   熊谷幸二郎 〇エッセイ風自分史・三郎 武田金三郎 三二 S君のこと S君は私の長男と同級生である。彼は母と二人暮らしをしていた。彼が小学校高学年時、すでに非行少年のレッテルを貼られていたこと、私は知らなかった。中学二年の新学期が始まって間もなく、彼が秋田市の千秋学園(児童自立支援学校)に行かされる、とPTA学年部長から伝えられた。 S君と一度会ってみようと思い、私は彼の家を訪ねた。その家はオンボロとしか言い様のないひどさであった。お母さんと初めて話らしい話をしたのだが、世間の風潮が自分たち母子にとって、いかにひどいものであるかをとうとうと並べたてる。彼女の噂は私の耳にも入ってきてはいた。そうしたものの大半がゴシップであるものだ。 S君は二階の部屋にいた。私が来ても会わない、とお母さんは彼から告げられている。それでも彼女は階下から叫んで私の来たことを知らせたのだが、返事はなかった。それで私の方から上がっていくことにする。階段の前に立ったら、カーペットがフワッと下がった。床のネタが腐って用をなさなくなっているらしい。部屋の引き戸を開ける前、声をかけたがヒッソリとして物音一つしない。 数回、声をかけてから引き戸を開けようとしても開かない。鍵などつけられる造作でないので、中からしんばりでもかけているのだろう。仕方なく部屋の前に立ったままS君に話しかけたのだが、何の反応もないまま階下に下りなければならなかった。こうした夜が何回か繰り返された。 この間、担任の話も市の担当職員の話も聞いたが、どちらもすでに千秋学園にやることを前提としての話ぶりで終始した。S君の見かけはひ弱、むしろ優しそうな顔だちである。千秋学園に送られたらレッテルは生涯つきまとう。そうさせてはならない。それで児童相談所に出かけ、とにかくS君に会ってもらう段取りをつけることができた。 彼が私と話をしてくれたのはこれを継げた夜のことであった。児童相談所に行く日、東能代駅、秋田駅間の車中、二人はポツポツと話を交わしたのだが、記憶にあるのは彼がどんな職業に就きたいかを尋ねたときのことである。 「警察官になりたいな」 躊躇することなく即答したものだ。「なぜ」と問うたら「取り締ることができるから」とこれも即答。 秋田駅から児童相談所までは遠い。二人はタクシーに乗った。広小路を走っていて書店が見えると、欲しい本があるという。タクシーを止め、彼だけが書店に入っていった。 果たしてS君は戻ってきてくれるか。このまま行方をくらますつもりでは。1人放してやるべきではなかった。1人で行かせたのは即断であった。彼が私を試している、と思ったから。そうして彼は薄っぺらな文庫本を手にして戻ってきた。それもニコニコして。 結局、S君は千秋学園に送られた。今、私の長男も彼も五十歳になっている。あのとき、自分を心配してくれた大人がいてあったなあ。S君の名前がテレビや新聞に取り上げられることなくここまできた。彼の追憶の中にこれがあってくれているとしたら嬉しい。 ○皆様からの投稿について 「点字図書館だより」に、読んだ本の感想や、体験談、短歌・俳句など利用者の皆様からの投稿をお待ちしております。 お預かりした作品は、「点字図書館だより」内「みんなの広場」でご紹介させて頂きます。 (送付先) 〒011-0943 秋田市土崎港南3丁目2の58 秋田県点字図書館 (FAXを利用の場合は) 018‐845-7772 (メールを利用の場合は) アドレス tenji@fukinoto.or.jp いずれも「みんなの広場」係まで お電話での聞き取りでも可能です。