3.今月のオススメ図書 5月号ではメディア化された医療小説9タイトルを紹介しました。 今月は単巻の医療小説をご紹介します。(ブックオフオンラインコラムから) お問合せ、リクエストはタイトル名についている番号でも受け付けます。 点…点字図書 T…テープ版図書 D…デイジー版図書 @ 使命と魂のリミット (点・T・D) 東野圭吾(著) 十数年前のあの日、手術室で何があったのか? 笑顔で手術室に入った父は、手術中に亡くなった…。その事をきっかけに医師を目指した氷室夕紀《ひむろゆうき》は、誰にも言えないある目的を胸に秘めていた─。 冒頭部分では単なる医療ミスがテーマの物語と思わせながら、読み進めるごとに見えてくる医者の使命。 東野圭吾氏らしい傑作医療ミステリーです! A 悪医 (点・D) 久坂部羊《くさかべよう》(著) 胃ガン患者の小仲辰郎《こなかたつろう》は、ガンの再発後に、医師から治療法がないことを告げられる。 その事実を受け止められない小仲は、抗ガン剤専門の腫瘍内科、免疫細胞療法、ホスピス等を転々とするように。 診療を中断した小仲のことを忘れることができず「悪医とは何か」を日々問いかけた森川は─? 病院の利益問題や治療についての誤解なども提議している作品。日本医師会が主催している、日本医療小説大賞の受賞作でもあります。 医者と患者。この二者のすれ違いから生まれる不信感を取り除きたい、そんな著者の思いが読み取れました。 B 産声《うぶごえ》が消えていく (点・D) 太田靖之《おおたやすゆき》(著)     24時間体制の医療方針を掲げる病院に入職した、産科医の菊池堅一《きくちけんいち》。志《こころざし》あふれた医師生活を始めるも、医師不足、過重労働、医療訴訟と、現実は甘くなかった。 そして、分娩中に救急産婦の治療が重なり、新生児に障害を残してしまう事件が起きる─。 産科を舞台にした医療サスペンス小説。 産婦にとっても魅力である自然なお産が望める24時間体制のシステムは、一見理想的に思えます。しかしその一方で、産科の現場に考えられるリスクにリアリティを強く感じました。 C 見送ル ある臨床医の告白 (点・D) 里見清一《さとみせいいち》(著) 医者だって人間。患者との相性問題や、外科と内科の対立も日常茶飯事。 疲れてしまうときもあるけれど、輝く笑顔で退院する患者を「見送ル」。力を尽くしひっそりと命の灯が消えるのを「見送ル」。どちらの医師の仕事。 医師の現状や苦悩を、医師目線で綴った小説。誰しもいつか必ず訪れる死について考えるきっかけをもらえます。 D 閉鎖病棟 (点・T・D) 帚木蓬生《ははきぎほうせい》(著) 精神科病棟の平穏な日常。その影に隠された、患者たちの悲惨な過去が次第に明らかになっていく。 その正すことの出来ない、歪んだ過去に追い詰められていく患者たち。突然起こった病棟内での殺人事件は何を意味するのか─。 ここにたどり着くしかなかった人間の不条理と、コントロールを失った感情を描ききれるのは、作者が精神科医だからこそ。 患者の視点から淡々と、温かい語り口で精神科病棟の日常が描かれています。 人間の本性が決して暗いものではないことを教えてくれる作品です。 E 深紅の断片 警防課救命チーム (点・D) 麻見和史《あさみかずし》(著) 謎の連続猟奇傷害事件に遭遇する消防救急隊や被害者には、必ず緑、黄、赤、黒のシールが貼り付けられていた。 そして、現場に残される大量の出血が意味するものとは─。 119番で駆けつける救急隊員がヒーローとして描かれた、医療小説としては異色の作品。彼らの仕事ぶりと、過酷さがわかる細かい描写がリアルです。 麻見さんの作品のなかでも展開の面白さはダントツ。何よりも、読み終えてからタイトルに納得する社会派ミステリーです。 F 無言の旅人 (点・T・D) 仙川環《せんかわたまき》(著) 交通事故で意識不明になった耕一《こういち》の自宅には、延命処置を拒否する尊厳死《そんげんし》の要望書が残されていた。家族や婚約者は、動揺を隠せない。 葛藤の末、それを受け入れた家族ら。ところがそんなとき、耕一に異変が─。死との向き合い方、人の命のあり方など、重いテーマを扱った本作。「慟哭《どうこく》」という言葉がピッタリとくるエンディングが待っています。 多くの医療、介護現場の取材経験を持つ作者が思いを込めた、主人公とその家族、医者によって伝えられる死生観は「深い」の一言です。 G 救命拒否 (点・T・D) 鏑木蓮《かぶらぎれん》(著) 「トリアージ判断の妥当性」の講演をする直前に起きた爆破事件により、救急医の若林は死亡した。 そんな若林は、死ぬ間際にある言葉を遺していた。そして、自ら救助されることを拒んだというのだ。この爆破事件に隠された真相とは─。 「医療トリアージ」を題材にした本作。 トリアージとは、大事故や災害などで多数の患者が出たときに、手当ての緊急度に従って優先順をつけること。 本作では、命の選別というトリアージの重さ、それを判断する人の葛藤、本人や周囲のその後の苦悩が描かれています。 阪神淡路大震災や東日本大震災を経験した私達にとって、これは決して起こりえないことではありません。非常に考えさせられる内容でした。 H 死者は穏やかに微笑んで (点のみ) 金丸仁《かなまるひとし》(著) 不老即死を確実に実現する、遺伝子操作技術の開発と、不老不死の研究。 超高齢化社会の課題を解決するため、政府の極秘プロジェクトに飛び込んだ医師の長瀬。その結果、長瀬は不老不死を手に入れたのだが─。 医療の立場において、高齢化社会の進行問題が大きなウェイトを占めているのは間違いないでしょう。 本作は、年金問題、介護保険制度の崩壊など、これからさらに深刻化するテーマに迫った作品です。 いずれ現代社会でも起こり得る物語なのでは…と、少し怖くなりました。 I ランクA病院の愉悦 (点・D) 海堂尊《かいどうたける》(著) それぞれの経済力によって、病院のランクを指定される「医療格差」のある近未来。 最低ランクCの病院は、銀行ATMのようなロボットに問診され薬が出てくるだけ。一方最高ランクAの病院は、医師の指名ができるし、ナースによるおもてなしサービスもあった。 それぞれの作品がリンクする海堂作品のなかで、それらとは一線を画《かく》す5編を収録した短編集。 現在の医療制度の深刻な問題を、皮肉を込めてあれこれと論じながらユーモアあふれる軽めのタッチで描いています。 海堂作品お馴染みのキャラクターが登場するのも、ファンには嬉しいところです。