6.みんなの広場 利用者の皆さまからの、お便りや作品を紹介します。 俳句 にぎやかな春の足音ハイヒール  萩野ケイ (にぎやかな はるのあしおと ハイヒール) 小公園満開の花たたずめり  宇佐美咲子 (しょうこうえん まんかいのはな たたずめり) 繰り返す三寒四温くりかえす  柿崎妙子 (くりかえす さんかんしおん くりかえす) ひそやかな川辺の道の花の宴  小笠原秋一《おがさわらしゅういち》 (ひそやかな かわべのみちの はなのえん) とく起きりゃ初鴬の試し鳴き  熊谷幸二郎 (とくおきりゃ はつうぐいすの ためしなき) エッセイ風自分史・三郎 その二四  ふる里の歌まつり 武田 金三郎 二十三歳の正月明け、冬で最も寒い寒中のことである。私は小滝《こたき》集落のある家から酒の招きを受けた。何でだか今となっては忘れてしまったが、たぶん薪木か木材の払い下げで便宜をはかってやったのだろうとは思う。国有林野に依存している集落の人々に、営林署の担当区事務所は些細なことで手を差し伸べることができていたのである。 その家の親父さんとドブロクをのみながら、たぶん鶏なべでもつついていたはずだ。親父さんも私も無口同士、テレビには宮田輝《みやたてる》アナが司会をしている『ふるさとの歌まつり』が入っていて、その夜は宮崎市からの放送であった。番組が終わるとステージに日本地図を描いた大きなボードが現れ、放映中の宮崎市と、次の放送予定である秋田市双方にランプが灯された。毎回こんな引継ぎのセレモニーをやっていたのである。 『T子、あんなに遠い宮崎市まで訪ねて行ったんだ』 明滅する二つのランプを見つめてこう思った。すると頭からスーッと血液が下がっていく。彼女、分校に赴任する直前、秋田からあんなに遠い宮崎市まで、大学在学中に愛し合っていた恋人を訪ね、傷心のうちに帰ったことを告白してくれていたのである。番組が終わって私はひっきりなしにドブロクを飲んでいた。なのにまるで酔わない。 その家の前には水量の多い水路があった。真冬でも凍りつかないのは流れが速いからのことである。ここにはこの家専用の狭い木橋がかかっている。私は橋など無頓着になっていたらしく、何の警戒もないままスポッと落ちてしまった。仮に水路で転倒していたら、間違いなく流されていたことだろう。 雪が深かったはずなのに、どうして這い上がったか記憶していない。膝上まで濡れ、長靴には水が入っていて、歩くとガブガブ音がする。すると私はひどく楽しい気分になり、下宿までの雪道をワハハ、ワハハと大声で笑い続けながら帰った。上がり框に尻をかけ、長靴を逆さにして水を流した。靴下は小母さんが脱がせてくれた。こうしている間もワハハ、ワハハと大声で笑い続けていた。楽しかったのだ。 布団を敷いて寝かしつけてもらっても私はなおも笑い続けていた。さすがに小母さんも不気味になったのだろう、T子にご注進に及んだのであった。気がついたら彼女が枕辺に座っていた。黙っていればいいものを、私は『ふるさとの歌まつり』の一件をクダクダしゃべってしまった。この記憶はある。翌朝、彼女が泣きながら帰っていった、と小母さんから聞かされた。 こうなる前からT子はほとんど毎夜、私の下宿を訪ねるようになっていた。二人はコタツで向かい合いながら話をするだけ、それも九時には帰るようにしていたのだが、下宿の小母さんはこれでもひどく嫌っていた。教師の身でありながら毎夜の如く男を訪ねて来るなど、ふしだらも甚だしい、ということだ。それでもあの夜は彼女の下宿先までよく走ってくれたものだと思う。 二人が互いに結婚を意識するようになったのは『ふるさとの歌まつり』事件があったのが大きく関与したと思う。 ○皆様からの投稿について 「点字図書館だより」に、読んだ本の感想や、体験談、短歌・俳句など利用者の皆様からの投稿をお待ちしております。 お預かりした作品は、「点字図書館だより」内「みんなの広場」でご紹介させて頂きます。 (送付先) 〒011−0943 秋田市土崎港南3丁目2の58 秋田県点字図書館 (FAXを利用の場合は) 018−845−7772 (メールを利用の場合は) アドレス tenji@fukinoto.or.jp いずれも「みんなの広場」係まで お電話での聞き取りでも可能です。